百足伝(ひゃくそくでん)

この百足伝の四十首の道歌は自鏡流祖多賀自鏡軒盛政が、門人を指導する毎に人体の差別をみて、指南した口授である。人に大小長短養老貧富の差別あるゆえ故指導者はこの点に気を配り、その人に応じて指導すべきで、決して劃一的に指導すべきではない。指導者の心得るべき事である。
百足とは「ムカデ」のことである。百足は歩くのに此の数多い足をからませる事なく、緩急自在に運んでいる。これ無意無識なるが故である。居合を行うに当たっても之と同様で刀に気をとられ、手や足に気をとられては充分な動作は出来難い。無意識の状態に入ってこそ真の居合が出来るので、この境地へ迄行くのが修行である。
中川申一著:無外流居合兵道解説
*自鏡流とは無外流居合の元となった居合を主とした流派である。


百足伝・道歌

  • 稽古には清水の末の細々と絶へす流る々心こそよき
  • 夕立のせきとめかたきやり水はやがて雫もなきものぞかし
  • うつるとも月も思わずうつすとも水も思わぬ猿澤の池
  • 幾千度(いくちたび)闇路をたどる小車の乗得てみれば輪のあらばこそ
  • 稽古には山澤河原崖や淵飢えも暑寒も身は無きものにして
  • 吹けば行く吹かねば行かぬ浮き雲の風に任する身こそやすけれ
  • 山河に落ちて流る々栃殻も身を捨て々こそ浮かぶ瀬もあれ
  • わけ登る麓の道は多けれど同じ雲井の月をこそ見れ
  • 兵法は立たざる前に先づ勝ちて立合てはや敵はほろぶる
  • 體と太刀と一致に成りてまん丸に心も丸き是(これ)ぞ一圓
  • 稽古にも立たざる前の勝にして身は浮島の松の色かな
  • 曇りなき心の月の晴やらばなす業々も清くこそあれ
  • 軍にもまけ勝あるは常の事まけて負けざることを知るべし
  • とにかくに本を勤めよ末々はついに治るものと知るべし
  • 兵法の奥義は睫(まつげ)のつる々(如く)ものあまり近くて迷いこそすれ
  • 我流をつかはば常に心還(また)物云ふ迄も執行(修行)ともなせ
  • 我流を使ひて見れば何もなくして勝つ道を知れ
  • 兵法の先(せん)は早きと心得て勝を急(あせ)って危うかりけり
  • 兵法はつよきを能きと思なば終には負けと成ると知るべし
  • 兵法の強き内にはつよみなし強からずして負けぬものなり
  • 立会は思慮分別に離れつ々有そ無きぞと思ふ可(べか)らず
  • 兵法を使へば心治まりて未練のことは露もなきもの
  • 朝夕に心にかけて稽古せよ日々に新たに徳を得るかな
  • 長短を論することをさて置て己が心の利剣にて斬れ
  • 前後左右心の枝直くならば敵のゆがみは天然と見ゆ
  • 雲霧は稽古の中の転変そ上は常住すめる月日ぞ
  • 兵法は行術も知らず果てもなし命限りの勤とぞ知れ
  • 我流を教へしま々に直にせば所作鍛練の人には勝べし
  • 麓なる一本の花を知り顔に奥もまだ見ぬ三芳野の春
  • 目には見えて手には取れぬ水の中の月とやいはん流儀なるべし
  • 心こそ敵と思ひてすり磨け心の外に敵はあらじな
  • 習より慣るるの大事願くは数をつかふにしくことはなし
  • 馴るるより習の大事願くは数もつかへよ理を責めて問へ
  • 屈たくの起る心の出るのはすは剣術になるとしるべし
  • 世の中の器用不器用異ならず只真実の勤めにそあり
  • 兵法をあきらめぬれはもとよりも心の水に波は立つまじ
  • 剣術は何に譬へん岩間もる苔の雫に宿る月影
  • 性(さが)を張る人と見るなら前方に物あらそひをせぬが剣術
  • 兵法は君と親との為なるを我身の芸と思ふはかなさ
  • 一つより百まで数へ学びてはもとの初心となりにけるかな

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