土佐藩士であった小栗助右衛門が文化十五年(1818年)に同藩士の手島早太より授かった「無外真傅目録」ある。 流祖辻月丹資茂から資英、資賢、資茂、資幸、賢信と無外流の系譜が分かる。また手島草太は土佐藩士の野口彦七より伝授されており、野口は資賢より伝授されている。そして、資賢以降の江戸での無外流の系譜が記されており、これらのことから少なくともこれが書かれた1818年までは、都治文左衛門賢信が無外流継承者であることが分かる。

それ天地の造化は一気にして陰陽有り。
人性の感通は一徳にして文武有り。
蓋し武は文の本なり、文は武の本なり。
孝悌忠信して国を為す、是れ文の徳なり。
乱を撥い、逆を伐ち、治を致す者、是れ武の徳なり。
兵法は専ら武術の最上なり。
抑も無外真伝の兵法は、ただ利撃の術を伝うるのみにあらず、広く武道の正理に通ず。
故に忠孝を主として其の心を得、兵法を以て其の身を護り、文武合一の地に至るを以て要と為す。
ここに太刀の用には戦法有り。所謂、奇正の兵か。
然れども敵に因りて転化するは、兵法の常理なり。
心術すでに通ずれば、則ち理は自ら心を以て心に伝わる。
今ここに十剣の名目、ならびに所学の階級を書し、昇高の一助と為すのみ。
天地の造化は一つの気から成り、そこに陰陽がある。人の本性の働きもまた一つの徳を根本とし、そこに文と武がある。武は文の本であり、また文も武の本である。父母や年長者を敬い、忠義と信義を重んじて世を治めるのが文の徳であり、乱を鎮め、道に背くものを討ち、治をもたらすのが武の徳である。
兵法は武術の中でも最上のものである。しかし無外真伝の兵法とは、ただ人を撃つための技を伝えるものではなく、広く武道の正しい理に通ずるものである。ゆえに忠孝を根本としてその心を修め、兵法によってその身を護り、ついには文武合一の境地に至ることを要とする。
太刀の用には戦法があり、そこにはいわゆる「奇」と「正」がある。しかし敵に応じて転じ変化することこそ、兵法の常理である。心術に通ずれば、その理はおのずから心より心へと伝えられる。
今ここに十剣の名目と、学ぶべき段階を記し、修行上達の一助とするものである。